デジカメ歳時記

THE ANSWER IS BLOWIN' IN THE WIND

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阿弥陀堂だよりを見て その1  

久し振りに「阿弥陀堂だより」を見た。
なぜ見たのかというと、この映画の中に出てきた、ある言葉を
思い出すため、であった。

その言葉は・・・「花見百姓」。

この映画の主人公(作家であるがある賞の新人賞を取って以
来鳴かず飛ばずで、ほとんど妻の美智子がその生計を支えて
いる)孝夫が村の知り合いたちから、この言葉を使ってからか
われるのである。

つまり、「花に見とれていて、田んぼや、畑のことをついつい忘
れてしまう百姓」のことだそうです。

なぜこんな言葉を探していたのか、、、それはまさに僕が「花見
百姓」にふさわしい人間じゃないか、と考えているからです。

去年から桜井のYさんの田んぼに通い、お米の作り方や、農業
の事、そして農政にかかわることまで、色んな話を聞かせてもら
いました。

また、自然農という農法に興味を持ち、その可能性・未来性につ
いても学んできました。

もちろんその「学び」だけで農業自体を俯瞰できたわけではない
のですし、未だ農業に対して「明るい未来」が見えたわけではあ
りません(むしろ暗い未来は嫌というほどよく見えますが・・・)。

ただ少なくともこれからは農業回帰というムーブメントが起こって
くるだろう、、または起こさなければならない、と考えています。

中国野菜の問題や石油高騰の問題(今はかなり下がっていま
すが、またジワジワと上がることでしょう)、はたまた食糧自給率
(小麦の値段高騰などの問題含む)の事などをきっかけとして、
農業に目を向けても言いと思うのですが、僕は別の視点で農業
を考えたいと思うのです。

つまり「地域コミュニティ」としての基本、または地域の精神の拠
り所を担うための農業。。。。
たとえば「祭り」などは地域を活性化、または人と人とを結びつけ
るための潤滑油として機能していました。
その中心にあったのは、なにをかいわん「農業」だったのです。

しかし、、、

大阪やその近辺に地域でも耕作放棄地が次から次へと作り出
されており、跡継ぎもなく、または跡継ぎがあっても農業をする
人が無く、または農業をしたくても農業では食べていけるだけの
収入が得られない、、という無い無いづくしの農業の未来におい
て明るい材料は果たしてあるのだろうか・・・・・

「花見百姓」に話を戻します。

去年、農業や自然農についていろいろ勉強をしている僕にS君が
こんなことを言ったのです。

「いりささんは、たぶん農業をするのには向いてないんじゃない?」

ずばりその通りなのです。。
僕自身もそれは感じていて、農業(の実務)をするより、農業の成
り立ちや、それを取り巻く自然環境、そこにいる虫や花たちを見た
り写真を撮ったりすることの方にこそ充足感を感じるのですね。。。

まさに「花見百姓」という言葉に引っかかるものがあったのは、た
ぶんその感情が有ったからだと思います。

去年、うちの嫁さんにこんなことを言われました。。

「あなたは私の畑は一つも手伝ってくれないのね・・・」

市民農園をしている嫁は他の人の田んぼや畑の見学に余念がな
い僕に対して、こんなことを言ったのですね、、。
つまり

「他人の畑ばっかり見ないで、うちで借りてるヤツ手伝った方が
よほど役に立つんじゃないのかね???」

と、そんな感じでしょうか。。
確かに僕の動きだけを見ていたら、それは確かにそうなのですが、
僕の真意はまったく別の方向を向いているのですよ。。。。
なんせ「花見百姓」ですから、、、

P.S.
何年ぶりだろうか、、長い文章を書いてしまいました。
次回も長いと思います。。


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阿弥陀堂だよりを見て その2  

最近のDVDは日本の映画であっても英語の字幕を出せるよう
になっているのですね、、、知りませんでした。

それで今回、「日本語を英語で訳すとどうなっているのか?」
という勉強も含めてDVDを見ることにしました。

この映画は東京で暮らしていた主人公夫婦が信州に戻ってく
るところから始まります。
つまり、彼らは標準語を話しているのですが、その他の人たち
(特に老人たち)は信州なまり(方言)で会話を交わされます。

特におうめ婆さん(北林谷栄)の「なまり」はこの映画の中で
欠かすことの出来ない「味」を醸し出すとても魅力的な響きを
持っているのが分かります。

また、それ以外の登場人物の話す言葉一つ一つが、洗練され
ており、言葉少なではあるが情感のこもった美しい言葉で描か
れているのである。

さて、先ほど「英語の字幕」も見ながらと書いたが、英語の勉
強も兼ねてはいるのだが、もう一つの課題としては僕の英語
の師匠であるJEFFにこの映画を見せて

「果たしてアメリカ人がこの映画を見て感動するのか?」

または

「果たしてアメリカ人がこの映画の情感を理解できるのか?」

である。

それには最も正しく、正確に英語に翻訳される必要があるのだ
が、僕の経験しているレベル(初級ですよ、、、まじで)でも日本
語から英語に翻訳するに当たって、英単語のボキャブラリーの
少なさに気がつく。

「えっ、こんなんでええんかいな・・・・」

という感じで、逆に言わせてもらうと、これは誰もが言うように
「英語は日本語よりも簡単」と言うことになるのだが、習うなら
ばそれに越したことはないのだが、その語感の単純さにあきれ
てしまうこともあるのです。

この映画の中でもそれは例外ではなく、初心者の僕でさえ
「それは無いやろぉ。。。」という訳はいっぱい出てきた。

それは訳者がIan MacDougall という外国人だと言うこと、それ
とこの人がどれぐらい日本語の情感を意識または理解してい
たのかにもよると思いますが、案外「英語で表現出来ない」と
言うことも有るのではないかと思われます。

もちろんこの英訳も日本人のチェックは入っているはずなので、
この訳者だけの独断と偏見では無いと思われる。
要するにこのDVDを作った人たちが、「この言葉が適当だろう」
というコンセンサスのもとこの英訳が作られたのでしょうね。。

とすれば例えば以下のような単純な言葉をどう訳すのか??

言葉を話すことが出来ない小百合が病気で入院しているとき
に、主人公の孝夫がおうめ婆さんからの励ましの言葉を録音
して持ってきてくれた。
その時に小百合はこんな一言で感謝の言葉を画用紙に書いた。

「ありがたいことです」

さて、この言葉に対する英訳は、、、

「Thank you!!」

でした。。良いのかこれで、、、
あまりにも単純で、安易で、味気なく、明るい言葉である。
感謝の言葉を表現する英語はこれ以外にも沢山ある(と思う)。

例えば今僕が勉強している本には

「There are no words to express my gratitude」
(お礼する言葉も見つからないほど感謝している)

などが有りますが、確かに感謝に満ちあふれてはいますが
こんな無意味な明るさではないんですよね、、、しかも長い。。

この「ありがたいことです」的な言葉、つまり控えめではある
が、とても強い意志と感情がこもった言葉というのは日本語も
もつ美しさではないかと思うのです。

こんな美しい言葉を話す日本人というのは、案外日本人自
体の性格をも形成しているのかも知れません。
JEFFと話していると日本人の特徴としては「polite」である
と言ってました。

※ polite :礼儀正しい(相手の気持ちを思いやり,礼儀をわきまえている)

そうかなぁ、、、とも思いますが、少なくともアメリカンな人たち
から見るとそうなのでしょうね。

もっとも日本語も変化してきて、話す言葉も昔と比べては情感の
ない言葉が使われ、日本人自身もpoliteでなくなる日もいつか
来るかも知れませんが、やはり大切にしなければならない言葉
は守り続ける必要があると思います。

そう言う意味ではこの「阿弥陀堂だより」には本当にしみじみ来る
言葉や、言葉遣い、そしてそれを表現する演技力、などが溢れた
映画だと思います。

この映画、、分かるかなぁ、、JEFFに、、、
DVD貸して、感想を聞いてみよう、、、

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